土地評価のブログ

不動産鑑定士の日々

早出し野菜(江戸時代)

長野市中条御山里(みやまさ)から(2010.11)。

下の写真は”お菜取りツアー”に参加(2010.11.21)したときのもので野沢菜をたくさん取りました。たしか40kgほど。

古い文献(下記引用)を読んでいたら江戸時代(1842年)、早出し野菜の出荷を禁止する御触書(文書・長野市入山地区)が幕府からでていたので驚きました。早出し野菜もぜいたくにあたるからだとか。
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江戸時代の早出し野菜出荷の禁止
御用御触状写し留帳より
天保十三寅年入山村影山組
御用御触状写し留帳
壬二月 名主 源左衛門
(略)
お触は幕府から出されたもので、それを松代藩が領内へ布告したものです。珍らしい初物を食べたいという庶民の気持は今も昔も変りなく、これに答えて農民は少しでも収入を増やそうと工夫して、野菜等を温床栽培の促成早出しをしたら、忽ち、季節はずれの売出しは奢侈・増長ときめつけられ、不埒であり堅く栽培禁止・売買禁止、魚鳥の類も人力をかけての飼込み売出し禁止、遼反者は咎申付けるぞよ、とある。
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野菜だけでなく、鳥や魚を人工的に増やしたものも出荷が禁止されていました。違反者には罰則がありましたから厳しい内容です。
当時、水野忠邦を中心として天保12(1841)年から天保の改革が進められていましたから何でも節約の時代だったのかもしれません。
<引用・参考文献>
長野市郷土史研究会機関誌「長野第41号 72の1」(江戸時代の早出し野菜出荷の禁止),小林フミ執筆,S47.1
<参考サイト>
猪名川町(兵庫県)第132話 「天保13年の節約術」
https://www.town.inagawa.lg.jp/soshiki/kyouikuiinkai/kyouikusinnkouka/rekishiwalk/1416281292864.html

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