土地評価のブログ

不動産鑑定士内藤武美の日々

檜皮葺(ひわだぶき)

たけちゃん2

須坂市峰の原高原のサンセットテラス(標高1530m・2024.12)から。

前に文献(長野市の110年)を読んでいたら、善光寺の屋根について記述があり、勉強になりました。
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大正編
善光寺檜皮葺(ひわだぶき)となる
宝永四年(一七〇七)に建立された善光寺の本堂は栩(とち)葺(板葺)であったため、耐久性に乏しく、何度も屋根を葺き替えている。明治時代に入っても、明治五年(略)から八年までと、明治二九年から三一年までの二回、葺き替え工事が行われている。大正時代に入ると、大正七年(一九一八)ころから雨漏りが目立ちはじめ、葺き替えが話題にのぼるようになった。その際、銅板葺、従来どおりの栩葺、檜皮葺の三案が検討された。前回の葺き替えでは、耐久性を考えると将来的には銅板葺にすべきだとの認識で一致をみていた。ところが銅板葺にするためには屋根の下地を変更しなければならないことが明らかになった。善光寺本堂は特別保護建造物に指定されていたため、その改築に国の認可が下りるはずはなかった。
一方、従来の栩葺は耐久年数が二、三〇年と短いうえに、栩板の価格は檜皮の五倍もしていた。また栩板は供給が少なく、現実にその入手はきわめて困難であった。その点、檜皮は耐久性が七、八〇年もあり、価格も安く、見た目にも美しいことがわかリ、檜皮葺が採用されることになった。(略)善光寺本堂の葺き替えは大正十二年二月に始まり、大正十四年十二月に竣工した。
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善光寺の屋根は、明治時代まで板で屋根をふいていましたが、改修工事(大正時代)でヒノキの樹皮である檜皮葺になったようです。それにしても檜皮を”ひわだ”とは読めないですね。


下記サイト(日本特用林産振興会)によると檜皮葺を使った建物には、「清水寺、善光寺本堂、室生寺五重塔、出雲大社本殿、金峯山寺本堂、吉備津神社本殿及び拝殿、厳島神社の諸殿、住吉神社本殿など」がありました。


また、上記の記述で「特別保護建造物」は初めて目にしたので少し調べてみました。
明治30年(1897)6月「古社寺保存法」が制定され、社寺の建造物や宝物類の中から歴史の象徴または美術の模範となるものを「特別保護建造物」または「国宝」として指定していました。
<引用・参考文献>
長野市郷土史研究会編「長野市の110年」p.107,2007年
<参考サイト>
日本特用林産振興会
https://nittokusin.jp/bunkazai_iji/hiwada/
国立公文書館
https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/rekishihouko/index.html

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