土地評価のブログ

不動産鑑定士の日々

筍(たけのこ)橋

千曲川にかかる冠着(かむりき)橋(2011年9月撮影・千曲市)の昔のようす。
写真を整理していたら懐かしいのがありました。


この橋は道路幅が写真のように位置(橋長473m)によって異なっていました。現在は新しい橋になっています。
現在地~107m:幅員3m
107m~207m:幅員4m
207m~356m:幅員6m
356m~473m:幅員7.3m(歩道別)


下記長野県サイトによると
「部分的な架け替えにより、幅員が3m~9.75mの間で4段階に広くなる特殊な橋梁であり、「筍(たけのこ)橋」などと呼ばれました。幅員の狭い区間は自動車のすれ違いができず、信号によって交互通行を行っていました。」


別名予算橋とも言われました。つまり道路拡幅の予算がついた部分だけ広がっていることに由来しているため。


当時、信号が長すぎてめったに通りませんでした。また、すれ違いができないで立ち往生した車を見かけたことがあります。


現在の橋は2014年11 月に開設された新しい橋(延長 844.4m・橋梁区間475.3m)で道路幅員は10.75mあります。1958年初めて木製の橋がかかった時は、板敷き(延長74m)だったので自動車が通行できなかったそうです。


ここを通る度にタケノコ橋を思い出します。
背後に冠着山(かむりきやま)がありますが、別名姥捨山(うばすてやま)の名で知られています。昔から姥捨伝説で有名でしょう。


市史によれば古くから伝説のあったことが詠まれています。
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姥捨山の初見
姥捨山の初見は古今和歌集の巻十七、雑歌にある月をテーマとした歌を集めた「題しらず、よみ人しらず」の二にある八七八の歌である。
「わが心なぐさめかねつ更級や姥捨山にてる月を見て」
である。大意は「あの物語のおばあさんを思い出して私は自分の心をなぐさめしずめることはできません。この更級の嬢捨山に照り映える美しい月を見ますと」なのであろうか。古今和歌集は延喜五年(九〇五)紀貫之らに命じた勅撰和歌集で、数年にして成立したものである。
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<引用・参考文献>
更埴市史編纂委員会「更埴市史第一巻 古代・中世編」p.439,平成6年
<引用・参考サイト>
長野県 冠着橋(千曲川・橋梁の今昔 その1)
https://www.pref.nagano.lg.jp/chikuken/documents/kamurikibashi.pdf

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