土地評価のブログ

不動産鑑定士内藤武美の日々

卜骨(ぼっこつ)

たけちゃん2

長野市から。

日本の古代遺跡にはト占(ぼくせん)の跡が出土するようです。

今日は少し気味の悪い話です。

卜骨(ぼっこつ)とは、古代において動物の骨を火で焼き、生じた亀裂(ひび割れ)の形状によって神意や吉凶を占った骨のことです。亀の甲羅を用いた「卜甲(ぼっこう)」と合わせて「甲骨(こうこつ)」と総称されます。


(北安曇誌第二巻原始・古代・中世,pp.120-121,平成21年)

北安曇では、柳沢遺跡の銅文が出土するまで、日本における最北端のものとされてきた上諏訪神社(大町市平・海の口)の銅文がある。

これら青銅祭器のほかに、農耕に関する当時の信仰をうかがわせよるものに、生仁(なまに)遺跡(千曲市)と四ツ屋遺跡(長野市)からみつかったニホンシカの肩脾骨の「卜骨」(ぼくこつ)がある。先にあげた魏志倭人伝にも「骨を灼いて吉凶を占い、その解釈は中国の亀トのように火で焼けたひびわれをみて兆しを占う」と書かれているように、当時は広く行われていたと考えられている。

卜骨は農作業の進め方や収穫の予想など、村の重大事を決めるさいに行われた、ト占(ぼくせん)という占いのときに使われた動物の骨である。卜占はムラの大切な祭りであり、動物の肩甲骨やウミガメの甲羅などに傷をつけ焼き、熱で入ったヒビのようすをもとに占いが行われたものである。


AIジェミニ有料版による編集

中国古代における卜骨(殷・商時代)神権政治の中核中国の殷(商)代(紀元前11世紀頃)において、王が国家の命運(天候、農作物の豊凶、戦争、祭祀、病気など)を決断する最高手段として行われました。甲骨文字の誕生占いが終わると、骨の表面に「誰が・何を占い・どのような結果が出て・実際どうなったか」という記録を刃物で刻み込みました。これが漢字の直接の祖先である「甲骨文字(こうこつもじ)」です。

河南省安陽市の殷墟(いんきょ)などから大量の卜骨・卜甲が出土し、当時の歴史や王室の実態が明らかになりました。

 日本古代における卜骨(鹿占・太占)骨を焼いて占う習俗は、大陸から伝播し日本列島でも古くから行われていました。時代・分類主な使用部位・動物特徴と位置づけ弥生時代〜古墳時代主に鹿・猪の肩甲骨各地の集落遺跡(弥生中期の山木遺跡や各地の環濠集落など)から、熱による焦げ跡や人為的な穿孔がある鹿の肩甲骨が多数出土

銅鐸は本来春には豊作を祈り秋には収穫を感謝するという祭りの場において、その立・色を響かせるという役目をもっていた。


『魏志倭人伝』における「持衰(じさい)」と骨卜の記述

『魏志倭人伝』には、航海の成否・吉凶を占うために骨を焼いた記述(「その俗、挙事行来に…必ず骨を灼きて卜し…」)と並んで、航海中に身繕いをせず災厄を引き受ける役回りである「持衰」の記述があります。航海が失敗したり病人が出たりすると持衰が殺害されたとされるため、「占いや航海安全のために人が犠牲(人身供犠)になった」という話が卜骨と混同されることがあります。

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