土地評価のブログ

不動産鑑定士内藤武美の日々

古い地名13(古牧)

たけちゃん2

山ノ内町(2017.2)から。

今年もよろしくお願いいたします。
下の写真はスキー場にあった除雪車や雪上車です。このスキー場は冬期、ホテル群を巡る道路が閉鎖されるので除雪車や物資の搬入に雪上車が必要です。


長野市に古牧(こまき)という地名があります。昔、由来や歴史を調べていたら長野市誌(八巻,P.231)に下記記述があり納得したことがあります。
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物知りが「吾妻鏡やそのほかの史料にこの辺一帯が牧場であったことが記されている。それゆえ、古い牧場すなわち古牧が適切であろうと提言した。」
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古い牧場⇒古牧 と言われてみれば簡単ですが、不思議に思っていました。


また、古牧地区東方にある中学校近くに「長池神社」がありますが、長野市誌(八巻,P.240)の記述に驚いたことがあります。
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天文二年(1533)裾花川洪水のさい、二木が漂流して当地に止まり、一木は建御名方命、一木は事代主命なりとして当社に納め合祀した。(略)現社殿は、昭和7年(1931)5月2日夜の焼失後の建築である。
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大昔、裾花川が古牧地区を流れていました。今では想像もつきませんが・・・。
実際、旧河川の痕跡はいろいろあります。同誌(P.240-243)から拾ってみました。
<例>
(1)古牧地区にある南向塚古墳の南にある芋井神社の境内前方は、旧裾花川河川敷跡である。
(2)天文6年川端の前の裾花川中に木像があり、仮宮に安置したのが天神社の初めといわれる。
(3)南高田にある「西光寺(さいこうじ)」のすぐ南は段丘の崖で低くなっているが、山崎の渡し跡といわれ、裾花川乱流時代の名残がうかがわれる。
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高田に「川端」という字名があり、仕事先で由来を話しましたら喜ばれたことがあります。


なお、西光寺は天正8(1580)年石山合戦時(浄土真宗本願寺勢力vs織田信長)、本願寺に米21俵を寄進していますから歴史を感じます。

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